2014年09月21日

「流れ星ひとつ」 沢木耕太郎さんのロングインタビュー


「時代の間で生きることの刹那さや懸命さに興味があり、こころの充足となって います」とブログで書いたことを思い出した次第です。


 藤圭子 さんです。
多分前にもご紹介していると思います。

「流れ星ひとつ」 沢木耕太郎さんの藤圭子のロングインタビューによるノンフィクションです。

宇多田ヒカルさんのお母さんです。
私自身は、宇多田ヒカルさんを存じ上げません。

最後の昭和の女です。

中学卒業して その日に上京して歌手の下積み 18歳でデビュー。

20歳で結婚し破局。

子供の時から、巡業して歌を歌っていたところを見出されて歌手となる。

インタビューを読んで 迫力ある歌を歌う 大人びた子供のような純粋さがわかります。

いい歌を歌うことの中身を語っています。

このインタビューでも「自殺」にいて語るところがあります。

やはり普通の人ではないことがわかります。

平成にはない 昭和の日本です。

その昭和の日本は、江戸から明治大正とつながっていて、

巡業の生活を語ることは、津軽三味線の高橋竹山を彷彿とさせます。


「魂を込めて」とスペインの舞踊をやっていると紹介していましたが、

魂を込めて 燃え尽きている歌手のインタビューです。

安心とか安全のない世界です。

安心がない昭和の世界を生きた女のインタビューです。

簡単に読めます。
でもしっかり読んで下さい。

あなたの知らない世界を奥行きのある世界を語っています。

「魂を込める」とは、
感動とか感心とかではない、別に伝わる何かがあるのです。




 藤圭子



何の役にも立ちそうもない事柄なのに興味深くしている次第となっています。


三味線じょんから(新節)/高橋 竹山


高橋竹山 津軽三味線




高橋竹山 即興曲"岩木"




はなわ ちえ 「津軽じょんがら節」 独奏




はなわちえ



「竹山ひとり旅」 予告篇
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2014年09月15日

従軍慰安婦です。

そろそろ書いても大丈夫な状況となってしまいました。

従軍慰安婦です。

やっと虚報であると発表されました。
反感や反発もあることなので、「当たり前」みたいに書いていると「何だこれ」みたいな評価もあったらなどなどで、手控えたり、億劫になったり してい ました。

日本統治下の朝鮮半島は、警察官吏もほぼ地域の出身者です。

つまり朝鮮人の警察官がほぼ構成要員だったとのこと。

同胞の拉致を黙認していたはずはないと思います。


借りに軍の強制連行が存在すると、

軍隊は、お役所 筆記の命令伝達と決済 起案など事務処理が必要です。

人が動くと、全部書類化されます。
食事に装備、寝食の手配、車両に燃料、部隊に残す人員と寝食の配分の変更など など全ての手配が、書類で行われて

本人も動員された記録が残りますし、憲兵のチェックもあります。

軍隊は本部指示としてのお役所の書類がないと動けないと以前から指摘しています。

調査では書類はなかったと河野談話でもはっきり言っています。



朝鮮人という民族性から考えてみると、

一昨日に、高校生の乗船した 船舶が沈没して多数の方が それも若年の男女が 亡くなりました。


号泣の嵐で感情が剝き出しです。 国民性です。

もし、女性が多数で拉致されたら、自分の母親、姉、妹 
学校なら生徒さん 隣の家の女の人

1人に2人から5人は近隣なり血縁者があるはずです。


学校で、女学生のまとめて10人でもいないくなったらどうなりますか?
自分の家族が消えていたら、役所 警察 学校に探しませんか?

車に乗せられているところを見掛けた人が騒ぎませんか?


「責任者を出せ!!」と怒号する文化のある国で、

会社の、勤め先の、学校の、家庭の、親戚の 女性が連れ去られたら 騒がないはずがない のではないか・・・

記録になっているはずです。

暴動やら、役所に詰めかけ や 新聞で掲載もない・・・

そんな噂を耳にしたら、家族に注意しませんか・・・



移動なら 車、途中でトイレやガソリン補給 汽車に移送となれば、かなり目立 つし特別列車の手配をすれば、

車両のやりくり、停車駅で気付かないはずはない・・・

ユダヤ人移送でも脱出した人は必ずある。

朝鮮人移動では、脱出もない?・・・

若い女性が母親に会いたいと泣き叫ぶことあるでしょうし・・・

移送の車中で泣いている女性の一群があったら、「助けて!!」と叫びません か?・・・

百人の強制移送があれば、残された五百人の親類縁者がいるはずです。

誰も口を噤んで 騒がなかったことなのだったら・・・・



60年以上たった今、証言者も物故している今 騒いでいることとなってしまうの でしょうか・・・

却って 日本統治の時代は「とっても良かった」と話している高齢者が語る本音 を聞き取り調査するべきだと思っていました・・・


朝日新聞の虚報だと思っていましたが、

プロパガンダによる戦争となっているような状況では、自分の見識による真実は、
なかなか受け入れてもらえないと思っていました。

何の役にも立ちそうもない事柄なのに興味深くしている次第となっています。









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